全体構想
単一分子の電気伝導度計測に関する研究は、単分子層薄膜を対象とした擬似的な計測(2000 年頃まで:第1ステージ)を経て、ブレークジャンクション法の確立によって、定量的な議論が可能になり(2012 年頃まで:第2ステージ)、分子の持つ短所である熱的不安定性やゆらぎを克服し、個々の分子の損傷や誤動作を集団としてカバーする分子の組織化と恊働現象による機能の発現に挑戦すべき第3ステージに入っています。
本領域では、精密な分子設計と電極表面構造設計を基本とし、光・電場・磁場によるスイッチング機能を創出するとともに、そうした機能を持つ単一分子素子をやみくもに集積するのではなく、電流信号のゆらぎやバラツキを積極的に利用するための組織化を行い、多数の分子の恊働機能による信号処理の実現を目指します。
「分子アーキテクトニクス」には、分子を柱や梁にみたてて建築物のように組み立て、調和のとれた(orchestration)電子・光・情報処理機能を発現させる意味をこめています。研究者は、いわば「分子アーキテクト」(分子建築士)として、「設計」と「ものづくり」に参加し、柱(分子)を土台(表面)のどの位置に、どのような様式で接続し、柱と梁をどのように組み合わせるかを緻密に設計し、組織体を作り上げることをめざします。
基本的な戦略は、「設計図」および「設計思想」(アーキテクト)を創ることからはじまります。「柱や梁」となる分子の設計と吟味・改良(研究項目A01)、「土台」となる表面の設計と精査・改質(研究項目A02)、表面と分子(土台と柱)、分子と分子(柱と梁)の接続の設計と検査・改造(研究項目A03)が極めて重要となります。さらに、「建物」が、調和して地震に耐えるように、分子の持つ短所であった熱的不安定生や構造ゆらぎを積極的に信号処理に取りいれて、恊働して機能を発現するための新しい方法論と構造設計指針を導出します(研究項目A04)。
A01 精密分子設計・合成 - Precisive design and synthesis of molecules
単分子エレクトロニクス材料、および、集積化機能材料の実現に向けた機能性有機化合物を精密に設計し、有機手法を駆使することで合成する。
具体的なターゲットとしては、
1.高次に集積化することで新たな機能を発現することが期待できる機能単位(例えば、整流、負の微分抵抗、メモリ効果、積分発火素子など)を単一分子で実現するための分子設計(浅井美博グループとの共同研究)と合成を行う。それらの単一分子での電気特性を計測し(多田グループとの共同研究)、集積化することでの高機能発現をカーボンナノチューブ電極などを用いた多探針計測で実証する(松本和彦グループ、長谷川グループとの共同研究)また、他班からの提案に基づく機能を実現するための分子構造を設計、合成する。浅井哲也グループとの共同研究により、それらを統合して新たな情報処理方法の可能性を探る。
2.単分子エレクトロニクスの実現に不可欠な金属電極とのアンカーユニット、および、電気伝導を担う導線ユニットを開発し、電荷輸送や金属電極-有機分子界面での局所電子状態の解明を目指す。さらに、単分子ナノエレクトロニクス・エネルギー変換の実現を目指して、光電変換能を持つ機能性単分子エレクトロニクス材料の開発へと展開する。集積化に向けた評価では、例えば、有機分子とカーボンナノチューブ(CNT)電極との接合が不可欠となる。そこで、この接合に適したアンカーユニットを開発する。
3.本研究グループの得意とする有機合成技術を駆使して、熱や光の外部刺激によりπ電子系が融合する分子変換反応に伴って電子物性変換の起こる化合物を合成し、その基本的諸物性とともにこの分子変換過程で生じる分子集合体の物性を多探針計測で明らかにする(松本、長谷川グループとの共同研究)。さらにこれらを単分子素子化して(小川、家グループとの共同研究)単一分子での電気特性を計測する(多田グループとの共同研究)。これまでに、π電子系融合反応によって、ポリアセン類、ベンゾポルフィリン類、及びボロンジピロメテン類などの高共役化合物類縁体の高純度合成を達成し、その場変換法によりOFETやOPCの作成に成功してきた。これらの素子性能は基本のπ電子系の電気特性と分子の集積様式に大きく左右される。この変換反応を、外部刺激を制御しながら基板上で行うことにより、集積モルホロジーの異なった集合体を生成させ、電気物性を計測することで、π電子集積様式の効果を解明する。さらに、基本のπ電子系を単分子素子化して計測する。 班長 | |
研究課題 |
A02 表面・界面構造の設計・作製 - Designing and Formation of Surface and Interface for Molecular Architectonic
本研究班では、金属、半導体、絶縁体の表面ならびにその上に固定した分子コンポーネントの電子状態を調べ、他の研究項目との連携により、分子アーキテクチャーの構築に必要な2次元コンポーネントの設計指針を導出する。項目の必要性:キャリアおよびスピンの注入において、電極と分子の接続界面の接続様式は極めて重要であり、有機ELの市場化は、この界面制御技術が鍵であったといっても過言ではない。単一分子ではさらに界面に敏感で、原子半個分の接続位置の違いで電気特性が異なることが指摘されており、この研究項目の役割は重要である。各計画の必要性:米田(A02-1)は、単一分子磁石と金属の界面にできる特異なスピン状態の起源の解明と分子マニピュレーションによる界面設計を担当する。高木(A02-4)は、金属や絶縁体を化学修飾した機能性表面や、シリコンの2次元ネットワークのシリセン表面、さらにはそれを基板として分子を固定化したヘテロ界面の電子電子構造および振動構造を極低温・強磁場下での走査トンネル顕微鏡(STM)とレーザー多光子光電子分光を相補的に用いて明らかにする。松本(A02-3)は、14族ネットワークに分子を接続し、そのセンシング機能による電気伝導度特性の制御を試みるとともに、確率共鳴素子を作製して、A04の研究推進を支援する。以上の3グループにより、多様な表面をほぼ網羅しているが、新規界面の活用のため公募班と連携をはかる。石田(A02-2)は、Embedded-Green関数法による半無限結晶の密度汎関数計算を行い、分子と表面のヘテロ構造の詳細な一電子構造を明らかにして、界面設計の指針を与える。 班長 | |
研究課題 |
A03 分子機能の設計・計測 - Physics and chemistry of single molecular transport properties and their noises
ネットワーク化する前の単一分子レベルの伝導・輸送機能を評価し、機能設計の指針を打ち立てます。同時に単一分子をネットワークに組み込んだ時の基板や支持媒体(土台、柱、梁)等を介した単一分子間の相互作用やその伝導・輸送機能への影響などを解明し、分子アーキテクトニクスの理論的な基礎を確立します。単一分子を介した電気伝導現象の最も顕著な特徴の一つは電流・電圧特性の強い非線形性(非オーム性)といえるでしょう。電流特性は分子構造に大きく依存し、強い整流作用(電流・電圧特性の非対称性)やメモリ機能を生み出す事も出来ます。もう一つの大きな特徴は分子配向・接合構造のバラつきや量子効果に由来する電気伝導の揺らぎ現象です。A03班ではではこの問題を真正面から取り上げ、非線形輸送特性やその揺らぎの詳細を規定している物質材料パラメータを、理論と実験の両面から解明することを目指します。 班長 | |
研究課題
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A04 恊働機能の設計・計測 - Design and characterization of synergistic functions
分子アーキテクトニクスのための恊働機能の設計と計測を行います。建物が調和して地震に耐えるように,分子の短所であった熱的不安定性や構造ゆらぎを積極的に信号処理に取りいれ,恊働して機能を発現するための新しい方法論と構造設計指針を導きだします。ゆらぎを積極的に利用する方法として、ゆらぎと共存する生物の機能である雑音によって応答を高める「確率共鳴」などの非線形現象に着目します。これまでに築き上げてきた確率共鳴の発現・理解、ナノデバイス集積回路技術、脳型情報処理設計技術に、A01-A03の分子設計・合成・計測技術を有機的に組合せ、単一分子ネットワークの構築、単一分子ネットワークのゆらぎと確率共鳴の計測、非線形素子ネットワークの設計と応答計測など、単分子ネットワークに情報処理機能を宿す新しい仕組みと技術を創り出します。 班長 | |
研究課題 |